スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

いじめ問題

最近、滋賀県でのいじめによる自殺とそれの隠蔽が大問題になっていますね。
日に日に大問題になり、今度はネットでの暴走が話題になりつつあるあまり良くない状況。

この問題について思うことは大きく2点。

①:今回のケースはいじめとして扱うべきではないと思う。
本来いじめとは加害者と被害者、相互のすれ違いから起こりうるものだと思います。だから加害者側・被害者側とも「相手が悪い」と相互の言い分が出てくるもの、それは仕方ないと思います。
ただし今回のケースはあまりに高圧的・一方的な虐待を受けており、その前後の学校・教育委員会・警察の対応をみても加害者側に偏っている印象を受けてしまい。逆にマスコミが被害者側に立ち教育委員会などを糾弾するという非常にバランスの悪いものとなっています。こんな状況、ふつうのいじめ事件では起こりうるものではないと思います。だからいじめとして扱うものではなく傷害事件としてみないといけないのではないかと思います。

②:人を責めることのリスク・責任を考える

個人的に今回の事件を普通のいじめと考えられない理由がもう一つあります。

それはいじめの構図って、我々も普段から目の当たりにしていると思うからです。
今我々が普通に見ているワイドショーやバラエティなどで、ただ相手を一方的に攻める光景を見たりしないでしょうか?それが芸人同士や著名人・一企業など様々な形があると思います。思いつくだけでちょっと古いと朝青竜・故中川昭一氏、今でいうと東電なども。あれもとりようによっては、いじめととれるのではないでしょうか?

おそらくそのことを言われるとメディアは自分たちの正当性を主張すると思います。でもそれっていじめの加害者・被害者だって同じことをするのでは?誰だって自分たちが悪いことを認めるのは非常に難しいですから。
ただ逆に正当性を主張してた人が、責められていた人が不幸な事態になると(亡くなる・辞めるなど)急に擁護に回る光景を見たことないですか。個人的はああやって責任回避をするのが一番嫌いです。ただ今回の加害者はそれすらもないため異質すぎていじめ事件とは思えないんですね。だからこそ今回の加害者は刑事的に告訴されて責任の大きさを考えてほしいと思うのです。

またメディアなどでも、ただ人の責任を追及するのみでなく、その責めた時のリスクや何か起こった時の責任の大きさ・とり方について啓蒙を広めるような形にしていかなければいけないのでは?目の前に出ている人が責任を取らない様子を見ていたら子供たちだってとろうとはしないと思いますよ。

ただ、一国の元総理からして「原発事故原因大半は3・11以前」とか普通に言っている現状。何で東電は責めるのに自分の責任は否定するの?そんな人が総理大臣だったんだから子供たちのことを悪く言えないなあと思うこの頃です
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

カイロおじさん

Author:カイロおじさん
FC2ブログへようこそ!
こちらではカイロソフト関係の攻略や音楽、ゲームなどのレビューを中心にのせています。よろしくお願いします

今後の予定
スーパーロボット大戦α外伝:攻略
カイロソフト:ゲーム発展国++ 攻略予定
       など予定

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。